大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(あ)1437号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

(上告趣意に対する判断)

検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決が所論のいうような格別の法律判断を示しているものとは認められないから前提を欠き、その余は、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

(職権による判断)

しかし、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決は、結局破棄を免れない。

一  公訴事実の要旨

本件公訴事実の要旨は、

被告人は、岩手県教職員組合(以下「岩教組」という。)中央執行委員長であるが、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、公務員労働組合共闘会議(以下「公務員共闘」という。)の統一闘争として、「賃金の大幅引上げ・五段階賃金粉砕、スト権奪還・処分阻止・撤回、インフレ阻止・年金・教育をはじめ国民的諸課題」の要求実現を目的とする同盟罷業を行わせるため、

(一)  槙枝元文ら日本教職員組合(以下「日教組」という。)本部役員及び岩教組本部役員らと共謀の上、昭和四九年三月二一日岩手県盛岡市大通一丁目二番一号岩手県産業会館において岩教組第六回中央委員会を開催し、その席上、日教組第四四回臨時大会決定及び日教組第五回全国戦術会議の決定を確認し、これらをうけ、公務員共闘の統一闘争として、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、前記要求実現を目的として、同年四月一一日第一波全一日・同月一三日第二波早朝二時間の各同盟罷業を行わせること、組合員に対し同盟罷業実施体制確立のための説得慫慂活動を実施することなどを決定し、もって、地方公務員に対し同盟罷業の遂行をあおることを企て、

(二)  (1) 槙枝元文ら日教組本部役員及び岩教組本部役員らと共謀の上、同年三月二九日日教組本部が発した岩教組あて「春闘共闘戦術会議の決定をうけ公務員共闘は四月一一日第一波全一日ストを配置することを決定した、各組織は闘争体制確立に全力をあげよ」との電報指令をうけて、翌三〇日盛岡市大通一丁目一番一六号岩教組本部において、岩教組各支部長あて同本部名義の「春闘共闘、公務員共闘の戦術決定をうけ、日教組のストライキ配置は四月一一日全一日と正式決定した」との指令を発し、同年三月三〇日ころから同年四月八日ころまでの間岩手県内において、傘下組合員である公立小・中学校教職員多数に対し、岩教組支部役員らを介し、右指令の趣旨を伝達し、(2) 槙枝元文ら日教組本部役員及び岩教組本部役員らと共謀の上、同年四月九日日教組本部が発した「予定どおり全国戦術会議の決定にもとづきストライキに突入せよ」との電話指令をうけて、同日前記岩教組本部において、岩教組各支部長あてに「日教組電話指令」として右指令を伝達した上、同日ころから翌一〇日ころまでの間岩手県内において、傘下組合員である公立小・中学校教職員多数に対し、岩教組支部役員らを介し、右指令の趣旨を伝達し、もって、地方公務員に対し、同年四月一一日の同盟罷業の遂行をあおった

というものであって、その罰条は、地方公務員法六一条四号、三七条一項、刑法六〇条であるというのである。

二  事実関係の大要

原判決及びその是認する第一審判決の認定によれば、本件における事実関係の大要は、以下のとおりである。

(1) 被告人は、岩手県内の公立学校教職員らによって構成される岩教組の中央執行委員長であるが、岩教組は、かねてから昭和四九年春のいわゆる七四春闘においては、日教組統一闘争として、傘下の公立小・中学校教職員らをして全一日を目途とする同盟罷業を行わせることを企図していた。(2) 岩教組は、昭和四九年二月二三日に開催された第五回中央委員会において、七四春闘では日教組の機関決定、指令に基づき全一日の同盟罷業を行うこと、その体制確立のため組織の強化を図ることなどを決定した。(3) 次いで、同年二月二五日及び二六日に開催された日教組第四四回臨時大会で四月中旬に第一波早朝二時間、第二波全一日の同盟罷業を行うことなどが決定されたことを踏まえて、岩教組は、同年三月一日、中央執行委員長佐藤啓二名義で各支部長、分会長あてに指示第三七号「七四春闘を中心とする当面の闘争について」を発し、七四春闘における同盟罷業実施体制確立のため、各支部、分会に闘争委員会を設置することなどを指示した。(4) 岩教組組合員による同盟罷業の批准投票は、同年三月九日から一六日にかけて行われ、過半数の賛成により、岩教組の同盟罷業参加が確定的となった。(5) 他方、被告人も出席した同年三月一九日開催の日教組第五回全国戦術会議においては、同盟罷業の日時を第一波四月一一日全一日、第二波同月一三日早朝二時間と予定すること、同盟罷業に参加する者は日教組傘下の各都道府県教職員組合(以下「県教組」という。)のうち岩教組を含む二五県教組傘下の組合員とすることが確認され、右確認に基づき、日教組中央闘争委員長槙枝があらかじめ各県教組から委譲を受けていた指令権を発動する旨宣言するに至った。(6) このような状況下で、同年三月二一日、被告人の招集により岩教組第六回中央委員会が開催され、その席上、被告人において、同盟罷業の日程が第一波四月一一日全一日、第二波同月一三日早朝二時間となったことを含め、日教組第五回全国戦術会議の決定事項を報告し、次いで、被告人ら岩教組本部役員が前日の中央執行委員会で取りまとめておいた議案、すなわち日教組第四四回臨時大会の決定事項を確認する旨の第一号議案、七四春闘は日教組指令によって闘うこととして同盟罷業実施体制確立のため各種会議・集会の開催などの具体的な取り組みを行う旨の第二号議案が可決決定された。(7) 槙枝ら日教組本部役員は、同年三月二九日、全一日の同盟罷業を四月一一日に実施することとして指令を発出することを決定し、直ちに岩教組本部その他関係各県教組あてに「春闘共闘戦術会議の決定をうけ、公務員共闘は四月一一日第一波全一日スト、四月一三日第二波ストを配置することを決定した。各組織は闘争体制確立に全力をあげよ。」との電報を打つなどし、岩教組本部は、翌三〇日、書記長阿部忠の手配により、各支部長にあてて「春闘共闘・公務員共闘の戦術決定をうけ、日教組のストライキ配置は、四月一一日全一日、四月一三日二時間と正式決定した、本部」との電報等でこれを連絡し、各支部は、同年四月八日ころまでの間に各分会等を経て各組合員にその趣旨を伝達した。(8) 日教組本部役員は、同年四月九日、関係各県教組あてに「各県は予定どおり全国戦術会議の決定に基づき、ストライキに突入せよ。」との趣旨の連絡をし、岩教組に対しても、同趣旨を電話で連絡し、岩教組本部では、阿部の手配により、各支部の支部長あてに「日教組からの電話指令、春闘共闘・公務員共闘の交渉は誠意ある回答なし、各県は予定どおり全国戦術会議の決定に基づき、ストライキに突入せよ、日教組、なお現在中央交渉中であり内容は電報で知らせる。」との電報を打ち、各支部は、同年四月九日から一〇日にかけて電報、電話によりあるいは分会会議等を通じて、組合員多数にその趣旨を伝達した。(9) 岩教組は、その指令権を日教組に委譲してはいたが、爾後も単位組合としての主体性を維持しており、日教組が同盟罷業突入の指令を発しても、岩教組がこれを(7)(8)のように伝達しない限り、岩教組傘下の教職員が同盟罷業を実施することは事実上困難であった。(10) その後、中止指令は発出されないまま、同年四月一一日、予定どおり全一日の同盟罷業が実施され、岩手県下の公立小・中学校総数七六六校のうち、七四三校の教職員約六一〇〇名がこれに参加し、このため四七校で早退の措置が採られ、六五七校で自習の措置が採られた。

三  あおりの企ての罪の成否

以上の事実関係に基づき、地方公務員法六一条四号所定のあおりの企ての罪の成否につき、検討する。

1  本件公訴事実(一)のあおりの企ての罪につき、第一審判決は、被告人が岩教組本部役員及び日教組本部役員らと共謀の上、岩教組第六回中央委員会において、傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した点を含め、公訴事実記載の外形的な事実の存在は、おおむねこれを認めたものの、傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定したことがあおりの企てに該当するか否かを明言せず、同委員会において決定された具体的な取り組みの内容は、いまだあおりの企てには該当しないとの判断を示して、あおりの企ての罪の成立を否定した。

また、原判決は、前記公訴事実中、岩教組第六回中央委員会において傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した旨の部分については、それ自体が訴因の内容とされていたか否かにつき疑問があるとした上、更に、本件証拠上、同委員会において傘下組合員をして同盟罷業を行わせることが決定されたものとは認定できず、同委員会で決定されたことが認定できる具体的な取り組みの内容は、いまだあおりの企てには該当しないとして、結論において第一審判決の判断を支持した。

2  そこで、本件公訴事実(一)の記載中、岩教組第六回中央委員会において傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した旨の部分が訴因の内容とされていたか否かにつき検討すると、その記載自体に照らして、右部分はあおりの企ての訴因として最も重要な部分を構成しているものと解される上、公訴事実に関する検察官の釈明などによっても、右部分が訴因ではなく単なる事実経過にすぎないとの趣旨はうかがわれないのであって、右部分が訴因の内容をなしていたことは明らかであり、この点に疑問があるとする原判断は、失当である。

3  また、岩教組第六回中央委員会の意義につき検討すると、前記事実関係によれば、被告人は、岩教組の中央執行委員長の職にあり、昭和四九年春の日教組指令による同盟罷業に向けて準備活動を重ねてきた上、同盟罷業が二〇日ほど後に迫ってきた時期の第六回中央委員会において、同盟罷業の日程が一部変更されたことなどを確認した上で、七四春闘は日教組指令によって闘うこととして同盟罷業実施体制確立のため各種会議・集会の開催などの具体的な取り組みを行うことを決定したものであって、右決定は、指令の伝達などによって同盟罷業の遂行をあおるための体制を維持、継続する作用を有し、一連の経過にも照らせば、まさに同盟罷業のあおり行為の遂行を計画準備する行為であって、同盟罷業発生の危険性が具体的に生じたと認め得る状態に達したものであると認められ、地方公務員法六一条四号にいうあおりの企ての罪を構成するものというべきである(最高裁昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁参照)。いわゆる岩手県教組事件判決(最高裁昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一七八頁)は、地方公務員法六一条四号の合憲性を説示するに当たり、「これら共謀等の行為は、争議行為の原動力をなすもの、換言すれば、全体としての争議行為の中でもそれなくしては右の争議行為が成立しえないという意味においていわばその中核的地位を占める」旨を説示しているが、右説示は、同号に定める共謀等の行為全体を争議行為そのものと対比した場合において、前者が後者にとって一般に不可欠の性質を有する点を指摘したものであり、共謀等の行為が同時に又は順を追って併存する場合において、争議行為に対して原動力となる共謀等の行為が一つ存在すれば、そのゆえに他の共謀等の行為の原動力性が否定されるなどという趣旨を含むものではなく、原判決があおりの企てに当たるためには、当該行為が原動力性を有する唯一の行為であることを要するかのようにいう点は、失当である。

(結論)

以上のとおり、原判決は、既に本件公訴事実(一)の関係において、明らかに訴因を構成する部分につき訴因の内容であることに疑問を呈するとともに、岩教組第六回中央委員会に関する事実を誤認し、地方公務員法六一条四号の解釈適用を誤ったものであって、これが判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反することは明らかである。したがって、右と一罪をなす公訴事実(二)の関係について更に検討するまでもなく、原判決は全部破棄を免れない。

よって、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を全部破棄し、同法四一三条本文により本件を原審である仙台高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

検察官河上和雄、同緒方重威、公判出席

(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖)

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